東京大学赤津研究林で森の循環を学ぶ

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東京大学赤津研究林とはなにか

愛知県瀬戸市に1922(大正11)年9月1日に東京帝国大学農学部附属愛知県演習林に生態水文学研究所として設置された場所です。基本的に一般の人は入れません。研究目的で申請することで入ることができます。

赤津研究林の目的

ハゲ山からの森林再生。山、森、水、生態系、気象の関係調査。1925年から調査観測が行われている。ハゲ山になった要因は、エネルギー源として薪を大量に使うためであった。とくに瀬戸市等の焼き物の産地となると、使うエネルギーも莫大で焼き物の繁栄とともに山はどんどんハゲていくのであった(焼き物の歴史は1000年以上ある)。とくに西日本では、製鉄産業も盛んであり関東よりもたくさんのハゲ山がみられた。赤津研究林は東京大学から一番近いハゲ山の研究対象として選ばれた。ハゲ山は、信楽焼、備前焼を有する滋賀県、岡山県にも見られ、尾張・知多地方と合わせて後に日本三大ハゲ山地帯と呼ばれるようになる。

赤津研究林の今

研究林の眼の前にある、猿投山は約100年前は見事なハゲ山であったが、現在は緑に覆われている。たった100年で山の森林形態は回復したことになる。これは想定以上の回復ぶりらしい。砂礫がむき出しになった荒廃地を好んで自生するマツがまず、育ちはじめ続いて、落葉性広葉樹(コナラ等)その次が、常緑の広葉樹が増えていくといった過程を経る。最後までいくとその後あまり変化しない極相林という状態になる。常緑の広葉樹は、種(もしくは少しそだった状態)で光を浴びるまで何年で待てる。その間に、マツや落葉性の広葉樹が枯れる、倒れるまで待てる。落葉性はそんなに待つことができないので、落葉性の稚樹は待つことができない。だから常緑の広葉樹がたくさんいるのが最終形態となるのだ。

猿投山とは

研究林の眼の前にある、研究対象である猿投山は花崗岩で出来ている。つまり、あの山とは岩と言っても過言ではない。岩の表面は砂利とで覆われそのあと、葉っぱなどの腐葉土が覆っている。その厚さたったの50センチ。山頂はもっと薄くもはや地肌が見えている状態で、谷の部分はもっと層が暑い。なので、雨がふれば山に水が蓄えれれるというよりも、降った分ダイレクトに川の増量につながる。逆を言えば川の増水量を調べることで、山に降った降水量を調べやすい。富士山など火山灰でたくさん積もっているとろは、降った雨が蓄えれれて、かなりの時間をかけて湧き水として出てくる。岩が主成分の山とは全然ちがうのだ。

↑川の増水量を測る装置。

気候変動によって流れる川の水の量、成分も調べることもできる。またこの装置と、研究所の雨量計を使うことで山に降った水がどれくらい川に流れていることも比較して調べることもできる。その結果この現場では、降った雨の半分の量が川に流れ出している。あとの半分はどこにいったのかというと、地中に染み込んだのかと思いきや、猿投山に関しては岩の山なので、その可能性はない。あとの半分は蒸発したのだ。しかも、山に緑が多いと葉っぱの関係も総表面積がハゲ山に比べて圧倒的に多い。緑が多いと蒸発効果が高い。ハゲ山であれば水はそのまま流れてしまう。その結果が環境に与える影響は大きい。

森が回復するとどうなるか?

上の写真の中にたくさんの砂も混じっているが、森林んが回復することで、山からの土砂の量は劇的に減ってきた。昔のしょっちゅうこの桶のなかに砂が溜まり、その都度砂を書き出していたのだ。しかし、土砂がすくなくなったことで、今度は海岸の砂も減ってきている。海岸の砂も人工砂浜が増えてしまっている1つの要因でもある。

赤津研究林 ツアー

今回フォレストニアさんの企画で赤津研究林に入ることができました。年に一回のペースでフォレストニアでは企画をしてくださっています。様々な物質は、森をどのように循環しているか。100年を超える研究によってわかってきた森の役割を学ばせて頂いた今回のツアーでした。

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